やめるということ

長く続けてきたものをやめるということは、とても辛いことでしょう。

 

 

特に愛着をもって続けてきた趣味をやめざるを得ない時。

 

 

健康の問題や経済的な理由など、やめるにあたって色々な理由はあるでしょうが、どんな理由であるにせよやめるという辛さは変わりません。

 

 

私の祖母は裁縫が趣味でした。

 

 

もう亡くなりましたが、生前裁縫をやっている時は服のリメイクなどをして老後の収入も得ていました。

 

 

そんな祖母の遺伝子を受け継がなかった私は不器用丸出しで、
いつも祖母に甘えて服を縫ってもらったり家庭科の宿題を手伝ってもらったりしていました。

 

 

祖母は亡くなる3年前に、緑内障が悪化して視力がかなり落ちてしまいました。

 

 

前を見て歩くことも難しいような状態になったので、裁縫を続けることはかなり困難になってしまいました。

 

 

親戚はみんな「無理してやることない」と言っていましたが、祖母はやりたかったんでしょう。

 

 

針は使わなかったものの、編み棒を器用に使って通年編み物をやっていました。

 

 

手を動かしていないと、さみしいのだそうです。

 

祖父は若くして亡くなりましたので、祖母は女手ひとつで3人の子どもを育ててきました。

 

 

働き通しの毎日。

 

 

子どもたちが独立してそんな日々から解放されても、何かしていたかったんだと思います。


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